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きっと親も味わったのだろう こんな楽しいこと、こんな大変なこと ・・・そして こんな寂しいことも・・・


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写真展の手伝いで古書街の神保町に行ってきた。
新潟に帰る前に「生きた証」としてやりたかったのか??と・・・
最初は反対していた私も口を出し、手を出しているうちに楽しくってウキウキしながら人生を考えてしまった
東京に住んでいることのありがたさを実感する。



<深城正則写真展>
 タイの海からこんにちは。
“リチェリュー・ロック”
“スリン島”編
☆ 日時:2010年11月20日(土)~28日(日)
  10:00~18:00(最終日17:00)
☆ 休館日なし 入場無料        
☆ 場所:日本教育会館 一ツ橋画廊 
☆ 案内図http://www.jec.or.jp/koutuu/img/map800.gif
☆ イベント情報 http://www.jec.or.jp/event/index.html

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三回忌が終わっても母の物はなかなか手を付ける気にならず、いまだそのままだ。
食事をする居間の食器やパンなどの入った戸棚にいつも邪魔だと思いながら読もうとは思ったことが無かった日記・・・
何気なく手にとってみて、寝っころがっている父に「読んだ?」と聞いてみた。父は「少しだけな・・・」と言ってまた目を瞑った。
私は気になっていたあの事が書いてあるか見てみたくなった。
しかし最後の年の日記帳は無かった。
父に聞けば「今年は止めれば?」と父が言って買わなかったそうだ。
物忘れがまだらに出てきて父も困るほどだったのでそうしたのだろうと思うが、母は書きたかったようだ。
12月31日の次のページに1月の一週間くらい書いてあった。ちょうど私がこちらの正月を済ませて新幹線で飛んで行った頃と一致する。
最後の一年間は畑に行くことも取り上げられ「来る人も無く、今日も父さんの顔しか見ていない」とか「何もすることがなく寝てばかり」で飛び飛びになっている。
でも「ハワイの一件」の頃を見るとボケなりに「私がしっかりしなくては」と父の事を気遣っていた事が伺える。
その日記さえ取り上げられ寂しかったのね・・・
母は良い行いをしていたから神様が連れて行ってくれたのかもしれないと本気で思った。
脳梗塞の舅を長い間一人で世話をして見送り、親不孝の私も遠くに居たので、近所の人との交流がとても楽しかったようだ。
日記のほとんどは畑に植えた野菜の覚書きやもらい物をした記録だったが、あらためて前向きで何でも一生懸命だったんだと感心した。
そう言えばお葬式には義理では無い母の友人の方々が来て下さっていた。
こんなけなげな母が今度は父の看病?・・・それはかわいそうと神様が「娘にさせましょう」と決めて連れて行ったに違いないと・・・

5月から飼い始めて半年・・・
ひとつき前からしゃべりだした。
今でははっきりと聞こえる。
先輩の「ソラちゃん」の後2羽を立て続けに逃がしてしまったので、まずマンション名・名前をと思ったのでしっかり教えた。
今では自分の名前とマンションはきり言えるし、1時間くらいワンマンショーが始まったりする。
「キミチャン間違っちゃった」
「キミチャンお勉強だ~~いすき」→これがくっついて「キミチャンだ~~い好き」
「おトーさんいってらっしゃ~~い」などなど・・・
長いことセキセイインコを飼っているのにしゃべりだしたのは初めてだ。
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